クラブジュニアの歴史(History of the club Jr.)

駆け足で34年間を振り返ってみました。

GW時のお暇なときにご覧になっていただければと思います!(^^)!社長

 

クラブジュニアの歴史(History of the club Jr.)

 

19873月、29歳の時、サラリーマンに区切りをつけ夢を持って独立、場所は東京都大田区(妻、和美さんの実家)小さな机ひとつからクラブジュニアはスタートしました。スタート後、クラブジュニアを法人化させるため、法務局、公証人役場、登記所、銀行、本来ならば行政書士や司法書士にお願いするところですが、お金もないし節約の為、、三冊の本を購入し自分で申請書を作成、よくやったものです。

2ヵ月後、私の誕生日518日には、東京都江戸川区のマンションの一室(四畳半)で法人設立、社名を有限会社クラブジュニアとする。

 

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因みにサラリーマン時代は、螢張ダ(玩具メーカー・卸問屋)に勤務、皆さんもご存じかと思いますが、オセロゲームやルービックキューブ、スライム等で一世を風靡した会社です。私は入社当時は福岡支店の営業勤務から始まり、福岡支店時代に全国営業コンクールで優勝したのをきっかけに、東京本社の事業開発部ジュニアスポー課に推薦配属されました。学生時代野球をやっていたこともあり、子供の野球用品担当、その後フリスビーの販売に携わりながら、日本フライングデイスク協会のサポートをするようになりました社員時代に同僚だった現イノーバ―ジャパンの新保氏に大会に誘われ、何時しか販売と同時にプレーもやるようになり、現在でもプレーヤーとして続けています。

 

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独立後、最初の頃はひたすらサラリーマン時代にお世話になったお客様や仕入れ先に営業、そう簡単にいくものではありませんでしたが、当時Loft梅田、渋谷店が開店したばかりで、偶然にも当社の取扱商品が受け入れられ取引が始まる、現在では100店舗以上のお店があり、当社にとっては最大のお取引先となる。ただ、当時は仕入れ先に関して、独立したばかりの29歳の若造に掛け売りをしてくれるところも少なく、ほとんどが現金仕入れをし、それをお得意先へ納入、支払いは締め日現金でしたので、先にお金が出ていき、入金は一月後といった感じで当時の資金繰りは本当に大変でした。

因みに独立したての頃は、任天堂のファミリーコンピューター等も取り扱っていました。

 

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1990年に光GENGIがデビューし、ローラースケートやローラースケートの付属品、ひじ膝あてが爆発的に売れ、その勢いに乗り会社も急成長、その頃、勿論デイスクを取り扱っていましたが、年間で1,000枚弱しか販売出来なかったですね、お陰様で今では年間25万枚を販売しています。

他に日本フライングデイスク協会のお手伝いとして、船橋老人大学や筑波大学公開講座の講師、数々の依頼講習会やイベント等のお手伝いを引き受けさせていただきました。

 

自社ブランドのローラースケートを発売する。

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1991年には、またまた大ヒット商品のエアウオーターガンの販売に携わることが出来、Loft等に大量に販売。

 

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数々のヒット商品のお陰で、1992年東京都葛飾区青砥に東京営業所を開設、10坪の事務所と近所のアパートの2階を倉庫代わりに使わせていただいていました。そして、この年アジア初となる世界大会が栃木県宇都宮市で開催され、クラブジュニアはオフィシャルサポーターとなり、大会会場で記念グッズ等の販売に携わる、同時にÐiscraftの正規輸入代理店となり、本格的にデイスク用品の販売に関わることとなりました。

 

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1992年栃木県宇都宮市でアルティメット&ガッツの世界大会が開催され、販売しながらでしたがマスター部門で出場させていただきました。確か日本チームがマスター部門に初めてエントリーした時ですかね(*^^)v

 

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この時期anvilTシャツの販売代理店となる。

1994年から電通経由にて、4年間東京シティ―ハーフマラソンの参加賞Tシャツの制作に携わる(毎年1万着納入)その他にキャップや都知事専用のウインドブレーカーの制作にも携わる、今の東京マラソンの前身ですね。

この年セブンスターのキャンぺーンにanvilTシャツ3,000着を電通経由で納める。

チームユニフォームにもanvilTシャツが活用され、瞬く間に各大学に広がる。

名古屋Loftにて毎月のように無地anvilシャツを約3,000着納入。

 

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1998年、設立から11年後、資本金を増資し有限会社クラブジュニアを株式会社クラブジュニアに改称する。

この頃、JFÐAの面倒を見ていた螢張ダがフリスビーの代理店の権利を失い、日本協会は行先がなくなる危機的状況となり、クラブジュニアの仕事も大変な状況でしたが、当社で日本協会を引き受けることとなる、そこから約十数年にわたり大会運営や学生の面倒をみながら、協会とクラブジュニアとの二足のわらじを履くようになる、当時は本当に大変で、大会開催要綱やデイスクタイムズは、今のようにパソコンもありませんでしたから、ワープロで原稿を作りその要綱を会員全員に郵送していました、学生連盟や仕事終わりの社会人によく手伝って頂きました。

お手伝いいただいた後は、必ずご飯を食べに行き、ディスクのことを沢山話し、学生はよくそのまま泊まっていましたね(*^^)v

大会前は、ほんと和美さんと毎日のように夜中まで準備に追われていた記憶あります。

 

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1999年頃には、クラブジュニアもやっと独り歩きできるようになり、茨城県波崎町において、当社主催の記念すべき第1DreamCupを開催、但し、雨風雹が降る、大荒れの大会でどうなることかと思いましたが、参加された皆さんの協力の元、何とかやりきりました。

1DreamCup62チーム、843名の方々に参加していただきました。

この写真は大会終了後のスタッフ写真ですね、雨風が強く外での閉会式を断念せざるおえませんでした。

 

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玩具関係の方では、その年、USAヨメガヨーヨー、ハイパーヨーヨーが爆発的大ブームとなり取扱い代理店の当社は、全国の有名百貨店、量販店等から取引の依頼が殺到、仕掛けとして代理店経由でアメリカからヨーヨーチャンピオンを招待しLoft東急ハンズ等の店頭で実演販売をし大成功する。

同時にフットバック、ハッキ―サックも仕掛ける。

 

ヨーヨーの世界チャンピオンと!

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Loft渋谷店

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Loft梅田店頭前

シャボン玉のイベントもよく店頭でやっていただきました!

 

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翌年の2000年にはキックボードの販売に携わり、こちらも爆発的なブームとなり忙しさも倍増となりました。

この頃から会社を守るために、当社ブランドの国内、国際商標取得を進める、現在では国内、国外合わせると20以上の商標を取得。

 

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20017月、事業拡大の為、新小岩に新事務所を移転、本社機能を含め、事務所2箇所と倉庫が2箇所となりました。当時、当社の東京営業所として使用していた青砥の事務所には、JFⅮAをそのまま残し、引き続き運営等を継続させる。

この年秋田で開催されたワールドゲームズのアルティメット日本代表にユニフォーム(puma)を無料提供。

 

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倉庫は少し離れたところにあり、お店と倉庫の行き来は台車でしたね(*^^)v

懐かしい!

 

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この頃も雨に濡れると、今同様、大会後には倉庫前でテントを乾かしてましたね。

 

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雑貨系では、またまた、昨年に引き続きヒット商品にめぐり合う、ワンダーシャボン、割れないシャボン玉の販売に携り数万個販売、他にもガラスパズルやライトスポーツの販売に携わる。玩具業界だけではなく、健康雑貨、美粧売り場にも進出し、トランポリンやブレードのヒット商品を発掘する。

当時Loft、東急ハンズの中で、クラブJrはヒット商品の発掘先だと言われ、ビジネスを異業種に拡大する。

 

Loft広島店

シャボン玉のイベントは子供たちに大人気でした!

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Loft広島店

 

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京王アートマン聖蹟桜ヶ丘店

 

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2003年になるとDreamCupも安定の参加者を集められるようになり、記念の第5DreamCupには北米チャンピオンを無料招待する。

CANADAフュリアスジョージ。

 

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2004年には、現在でも当社の販売の柱であるドッヂビーの国内総発売元となる、最初の2年間は大変苦労をしましたが、2年目以降は順調に数字を伸ばし16年間で200万枚を超える販売に成功する。

 

発売初めのころの名称はスーパーソフトデイスク、年間で500枚も売れなかったような気がします。

 

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その後、名称をドッヂビーとし今のデザインとなりました。

 

 

2007年にもバラエティ雑貨部門に「おまじない人形ポクポン」を紹介し、これも爆発的に売れ10万個の販売に成功する。

この年UPAナショナルズのオフィシャルサポーターとなる。

 

Loft大宮店

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2008年、10回記念大会のDreamCupには、男女の北米チャンピオン、サカイとフューリーを無料招待する。

この年、DreamCupの参加者が2000名を超える。

 

 

2010年にはGaiaブランドのライセンス契約を成立させる。

 

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文化シヤッターBuzzBulletsのスペシャルサポーターとなる。

 

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2011年東日本大震災により、DreamCupが二日目以降中止となり、大会等で余剰金となったお金とプレーヤーにも声をかけ募金活動を実施、300万円集め、東北3県に義援金として寄付。

 

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復興支援ドッヂビーも作りましたね。

 

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チャリテイーマッチも開催しましたね!

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2012年、日本で2回目のアルティメット&ガッツの世界大会が開催され記念グッズ等の販売に携わる。

この年、JFDAを卒業、現在は顧問の立場として応援させていただいています。

 

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20148月には、全ての機能を東京都葛飾区東新小岩に集約、私の夢だった自社の建物が完成。

デイスクショップを大きく展開。

 

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この頃からフィリピンマニラにあるBoon社の昇華ユニフォームの代理店となり、東南アジアとの交流が大きく拡がる。

 

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CJJapan マニラスピリッツで優勝!

 

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2015年にはアメリカアルティメットプロリーグAULの公式スポンサーとなり、数チームのスポンサーも兼ねる。

その年クラブJrUSAを立ち上げる。

 

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クラブJrUSAの石井君です。

 

 

2017年6月11日、最愛なるスタッフ遠藤博之が他界。

彼は今でも当社スタッフの一員です。

 

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2018年のDreamCupには、ワールドオールスターズを男女ともに招待する。

 

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2019年まで、アルティメット&ガッツの日本代表ユニフォームサプライヤーとして応援させていただきました。

 

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2020年新型コロナウイルスの影響により、初めて大会前にDreamCupを中止にする。

 

34年の間には数々の苦難もありましたが楽しい事も沢山ありました。

ここまでこれたのは、私だけの力ではなく、共に苦労した和美さん(妻)、3年前に亡くなった遠藤博之(えんちゃん)、今まで支えてくれた元スタッフ、学生アルバイトの皆さん、そして現在のスタッフ深野愛(あい)上原良寛(たか)新里大彰(シーサー)本名拓(たく)山口友紀恵(ゆきえ)各地区で共に働いてくれている、東北の渡部貴人君(とか)、渡部佳恵さん(よっしー)、海外担当の石井哲君(さっつ)、デザイン担当の新城秀二君(しんじょー)、東南アジア担当の神崎貴史君(たかし)これから活躍してくれるだろう関西の永瀬達也君(たつや)これからもあなた達の力が必用です。

これからも宜しくお願いします。

 

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そしてそして、何時もクラブジュニアを応援してくださっている、沢山の皆さんにも心から感謝したいと思います。

まだまだ、夢の途中、次は自社のグラウンドを持つ事に向かって頑張っています。

コロナが終息後には、皆さんと笑顔でお会いたいと思います。

コロナに負けないように頑張りましょう!!!
これからも応援宜しくお願い致します。

 

螢ラブジュニア代表取締役社長 吉田昭彦


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